ありのままで居たければ自立せよ

皆様こんばんは

本日はこやまとしのりさん(とっしー)の

「はじめての荘子講座」と「陰陽五行がわかる講座~感情編~」

に午前と午後で参加してきました。

もともととっしーが大好きで
今回も主宰させていただいたのですが、
ここ数年の学びも相まって
濃い学びの一日となりました。

午前中の荘子講座では
儒家と道家の違いを主に
荘子(道家えこひいきデー)ということで

荘子より目線で
いろいろなことを
お話しいただきました。

儒家は自らを律しどんどん成長
24時間働けますか?的な考え方で

道家は「あるがまま」
棚ぼたな人などなど

現在の社会の状況などとリンクしながら
わかりやすく、
とっしーのすべるギャグでリラックスつつ?
講座を受けていましたが、

「荘子」養生主篇
澤雉(たくち)は十步に一啄(いったく)し、百步に一飲するも、
樊中(はんちゅう)に畜(やしな)わるるを蘄(もと)めず。
神は王なりと雖(いえど)も不善なり。      

<訳>
沢にいる野生の雉(きじ)は、
十歩行ってようやく一回餌にありつき、
百歩行ってようやく一度水を飲む、という生活をしているが、
彼らは鳥籠の中に飼われることを求めない。
籠の中に飼われれば(自動的に餌も水も豊富に与えられ)精神は旺盛に見えるだろうが、
自由も生きがいも、そこには何もない。

(参照:http://blog.livedoor.jp/k_toshi444/archives/4785731.html

この部分で、最近聞く

「ありのまま」と「わがままの違い」
っていうのはここにあるのかな?
ってことを感じました。

ありのままということは自立している
すべての責任は自分が持っている状態
わがままは責任を自分でとっていない状態

あるがままでいたければ自立せよ!の
自立せよの部分が抜けて
あるがままでいいだけが独り歩きしている

そして最後のカオス

「荘子」応帝王篇
文が長いので

http://www.eonet.ne.jp/~chaos-noah/tao/Chuang-tzu/oto/konton.htm
をご覧いただき

ここで最後の深い学びがやってきました。

あるがままっていうのは
自分でいるってことなのに
個性を持つと死んでしまう??
などなど、

私の解釈では

もともと「自分」という個性があるのに
周りに合わせて、あーしなければ
こーしなければって生きていくうちに
「自分」という存在が死んでしまう
ってことなのかな?
などなど

午前中は最後の最後で
頭パンパンになりながら終わりました。

中国の思想家は
孔子くらいしか
聞いたことがないような私でしたが
とってもわかりやすく、
学びがいっぱいのひと時となりました。

午前中だけで長くなってしまったので、
陰陽五行篇はまた後程

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